ウィントン・マルサリスの思い出

その夏、大阪の万博お祭り広場でLIVE UNDER THE SKYが開催された。
ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスのトリオにカルロス・サンタナのグループ・・・あとはスタンリー・クラーク、ジョージ・デュークのプロジェクトだったか?記憶が定かでない。

ハービーのトリオにジョイントでイントロデューシングというかたちでウィントン・マルサリスが初来日した。FMで期待の新星ウィントン・マルサリス初来日と盛んに宣伝が放送されていたのを覚えている。
開場前の列に並んで待っていると、リハーサルの音が聴こえてくる。
ウィントンの速射砲のように速く、これ以上はないといった粒立ちのよいパッセージが流れる滝の如く次から次へと聴こえてくるのだ。
嫌が上でも期待感が高まった。

実際のステージより漏れ聴こえてきた最初の音のインパクトの方が印象に残ったと正直に言おう。
新人のウィントンはハンコックのトリオのサポートを受け、ベストのステージを務め上げた。唯、1曲目、2曲目と進むうちに手の内が見えてくるというか、要するにレコードと変わらない演奏を完璧にこなしているというのがわかってしまう。
ハプニングがないのだ。スリルに乏しいのである。

演奏に関しては完璧だった。これ以上は無理だろうと思われる様なテクニックで縦横無尽に曲を解釈する。トリオといきもピッタリで何処にケチをつけるんだと言うような演奏だったと思う。だが、完璧なのが不完全なのだった。
60年代のマイルスやクリフォード・ブラウン、リー・モーガン、フレディー・ハバードらジャズグレートのようなサムシン・エルスがその時のウィントンの演奏には、希薄だったのである。要は、後に残るものが少なかったのである。

最初から悪評で始まったが、こんな凄い人材はいないと思った。応援していこうと思った。レコードが出たら買おうと思った。ウィントンへの期待は実際のライブをみて、より強くなったのである。

学生だった私はやがて社会にはいり、広島へ移住した。(そのまま22年がたつ)
社会人2年目の時だったか、ウィントン・マルサリス・クインテットのコンサートが広島郵便貯金会館で催された。ちょうど「BLACK CODES」がリリースされるちょっと前だったと思う。                            コンサートを観てしばらくたってから、 そのレコードを入手して曲の斬新さ、演奏のクールさに感心して、夜、仕事から帰ってよく聴いたものだ。
当時のレギュラークインテットはブランフォード・マルサリス(TS,SS)ケニ-・カークランド(P)チャ-ネット・モフェット(B)ジェフ・ワッツ(DS)だったが、その時広島にきたメンバーで、ベースはチャ-ネットではなかったような気がする。

その夜のコンサートの記憶も希薄なものなので、あまり感銘しなかったのだろう。
あまりにもハイブロウでクールな演奏で、当時のウィントンたちの演り方を理解していないと置いてきぼりにされて、ストレスが聴いていて次第にたまっていったのではないか? 後に発表されるブラック・コーズに比べて、消化不良のところもあったのだろう。とにかく個人的にはあまり印象に残ったコンサートではなかった。
最も先にも書いたように「ブラックコーズ」には感銘を受け毎日のようにむさぼり聴いていたので、ますますウィントンを支持していたように思う。

次にウィントンに再会したのは1986年3月ハワイだった。
新婚旅行でハワイを訪れていたのである。
新婚旅行中でもジャズである。
偶然、目に留まったのだ。ウィントンの演奏が今夜ホテルのバーラウンジであることを知らせるポップが・・・
早速、予約をいれる。
ここに、その時のライブスケジュール表があるので転記しておこう。

STAN GETZ    $10.00 2/24~3/1
WYNTON MARSALIS $15.00 3/24~3/29
LES McCANN $10.00 6/2~6/14
HERBIE MANN $10.00 8/4~8/16
DAVE FRISHBERG $10.00 10/6~10/18
JOE SAMPLE $10.00 11/3~11/15
但し、ウィントン以外は平日$5.00 ウィントンは$15.00と変わらず。

場所はハイアット・リージェンシー・ワイキキのTRAPPERSというラウンジだ。
アメリカジャズ界での1986年という時点でのウィントンの扱いがうかがわれて興味深い。スタン・ゲッツより格上。

25日の朝には帰国だったので、本当にラッキーだったと思う。
長年、ジャズに関わっているとレコードやライブの現場で思いもかけない出会いがあるが、これは俗にいう「ジャズの神様」が引き合わせてくれているように思えてならない。

ラッキーだと思ったのは、演奏を実際聴いてからだった。
これまで聴いてきたどのウィントンよりシンセリ-でリラックスしており、暖かいステージマナー。クインテットを解散して再編成したカルテットでの新たなる旅立ちの現場を目の当たりにしたのである。
メンバーはWYNTON MARSALIS(TP)MARCUS ROBERTS(P)ROBERT HURST(B)JEFF WATTS(DS) 約1年後リリースされる「スタンダードタイム」と同じメンバーだ。
そのごく最初のライブを観たのだ。
演奏曲はそのアルバムにも収録されているものが中心だった。         ただ、間違えるのである。あのウィントンが・・・
演奏をミスるのではない。構成を間違えたり、バンドとしてのリズムがくいちがって演奏がストップするのだ。もう一度最初からやり直すのだ。
グラスに入った赤ワインを一口飲み、ジョークを言いながら・・・
こんなにトランペットを楽しそうに演奏するウィントンを観たことがなかった。
最高のエンターテイメントだった。

飲み物にマティーニを頼んだのはいいが、どんぶりみたいな大きなグラスになみなみと注がれて出てきたのを無理して飲んですっかり出来上がってしまったことが懐かしい。

今のウィントンに一言いいたい。
リンカーン・ミュージック・オーケストラもいいが一人で色々なグループやミュージシャンとジャムってもいいのでは?
囲い込みするより、他流試合のほうがファンは観ていて楽しいもの。
音楽的成果はもう充分わかったから好きなこともっとしてよいのでは?

WYNTON&ME
    







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